私はアイドルである。
私は歌手である。
常々プロデューサーに伝えているこの二つは、確たる矛盾に満ちているのだと、如月千早はふと気づいた。
私は私である。これも時として矛盾する。
私は私でない。これもまた。
相反する感情のもつ忍び寄るような自己矛盾は、爆発的連鎖を生み出す。私が私であった直後に私は私でなくなり、私がアイドルであった直後には、アイドルとは異なった、オーロラに曝され固く凍りついた北極の氷のような歌手へと変貌を遂げる。
私のAはBへ変わり、早々Bが溶けCが灯る。その高速な繰り返し。
つまり、私はXである。しかし、これもまた矛盾に満ちている。
私は何者でもない。そんなときがあるから。
プロデューサーの、あの人の顔を覗いたとき、私は何者でもない。しかし、次の瞬間、Aへと還る。Aは直ちにBへと変わる。私を取り巻く矛盾のために。
「たった今話した千早は、どの千早なんだ?」
プロデューサーが私がAであるタイミングで口にした言葉がBである私に届いた。
「私は、」
口を開けた瞬間、BからCへ。
「Bの」
もう遅い。今はD。
「きさら」
K。
最早これでは、私が変わっているのではなく、次々と世界の断面を突き破っていることに他ならない。自分の中の矛盾が、速度に変わっていく。
私は加速する。譜面の終端を突き抜け、フレーズのリフレインを壊し、人の可聴域を超えて歌う。
「なぁ、教えてくれよ」
ステージ袖でプロデューサーはそう問うたのだった。
「一身が、歌そのものです」
そうおどけてみせた。ステージに出れば、歌はアイドルに変わるのだろう。私は矛盾に満ちているから。