天球の音楽という概念がある、と俺は一糸まとわぬ如月千早に伝えた。星々の運行から発せられる聞こえない音が常に音楽を奏でているのだと、昔の哲学者は思い至ったんだ。
「随分と、ロマンチックな話ですね」
ここは貸切露天風呂。他に宿泊客はいない。だから何ら遠慮することなく、星空の下でその細い体を抱きしめた。散々愛し合って、また湯船に浸かる。幾度なく夢想して、それが現実に目の前へ現れようと猶夢心地の甘美な空間だった。
「誰もが忙しくて、そんなことに気づきません。現代の人たちは」
千早も今まで気づけなかった。俺に至っては、概念を知っていようと実感が湧かなかった。
「でも、今は肌で感じられているんですよね」
その通りだ。千早の肌を、自分の肌で感じたように。
「私とその……愛し合ったから気づいた?」
行為が終わって、ふと空を見上げた途端に分かった。あれは千早の歌と同じだ。
「私の歌と……ですか?」
どこに居ようと、聞こえないのに届いている。
「プロデューサー……耳、貸してください」
そう言って千早がお湯をかき分けながら隣に座る。再び触れる肌、紅潮した頬、髪を結って露わになるうなじ。心臓がまた高鳴っていく。
「夜中ですし、うるさくするわけにはいきませんから、小声であなたのためだけに歌って差し上げます」
脳を直接撫でられるようなウイスパーボイスで囁かれる愛の歌。甘い歌で心が溶けていく。
「空の歌と私の歌……どっちが心地良いですか?」
間違いなく千早だった。淫靡で、だけど子守唄を思わせて、心のざわめきが静かになっていく。
「ふふっ、私の歌の方を聞いてくださらないと嫌ですから」
再び乳白の点が散らばる夜空に視線を向ける。その中に高速で移動する3つの光点があった。
飛行機だ。静かな音楽の中を、はばかることなく飛び去っていく。警戒することを知らないその鋼鉄の鳥。
強者は能力を有するが故に力を誇示して警告する。弱者はしたたかに己を闇の中へ隠す。
ここで素肌を晒している俺達は紛れもない弱者だ。お互いを慰め合うことしかできない弱き者たちだ。
だからこそ、俺たちを見つけてみろと心の中で叫ぶ。道を外れたアイドルとプロデューサーを探してみろ!
「私達は、確かにここに存在してますから……そうですよね」
例えそれが砂上の楼閣のような儚い現実だとしても。