スケッチ
二章、前半中盤
メトロの地上出口、階段を踏みしめるほどにその音は大きくなっていく。また一段昇る。鈍くて低い、暴力的とも言える周期的な金切り。ついに私は最後の階段も飛び越え、太陽の光を直接浴び、思わず音の発生源を探す。
「……プロデューサー、あれは?」
新宿西口の高層ビル群、それぞれの天辺から空を更に突き上げて串刺しにしようかという、威容の人工物が据えられていた。プロデューサーは口を閉ざしていて、どうやら私と同様になぜそんなものがここにあるのか理解しかねているらしい。
「発電機(ダイナモ)だよ」と春香はさも当然のように答えた。「生まれてからずっとあったから、何かなんて気にしたことなかったよ」
「風力発電、それはもちろん分かるけど……どうして、でしょうか?」
空恐ろしいほどに白くて長い三枚羽は、風によって回っているというよりも、むしろ空気を引き裂くため意図的に回しているような印象を受ける。そしてなにより不快感を覚えてしまうのは、その低周期の音。
「春香、この音、うるさいと思わないの?」
「……音?確かにするけど、それほど気になったことは」
「他の人も?例えば、事務所のみんなも?」
「特に話したことはないかな……」
「プロデューサーは?」
無理を言って同行してもらったプロデューサーはいつものスーツ姿。長期の入院で失った体力もだいぶ戻ってきてはいるようだけど、ことコミュニケーションに関しては相変わらず。それでもなんとかいつものように彼は唄った。
〈かなりうるさい。周期的な音だ、誰にも聞こえてないのかもしれない〉
「だから、無節操にプロペラを」
「……また千早ちゃん、プロデューサーさんと秘密の会話してる」
春香はジトリと二人に視線を送る。その行為が平穏さを思い出させてくれて、確かに私達にとって失ったものばかりではないことを理解させてくれる。