白銀の中にポツリと浮かぶ赤黒い馬は湯気立つ息を吐きながら、木下ひなたの乗る木ゾリをゆったりと引いていく。
「じいちゃん、馬、寒くない」
「さみいだろうな」
「じいちゃん、疲れない」
「疲れんのは馬だべ」
老夫は馬と並び歩き、しっかりと握った手綱を通じて馬を引いていく。
「じいちゃんが引いてるのに?」
「ああ、おかしいな」
老夫はガハハと声高に笑う。笑い声に連鎖したかのように馬は尻からぽとりぽとりと糞を落としはじめた。その巨躯からは想像できない粒のような糞は、すっかり雪で覆われた道なき道の上にまるでパンくずのように蒔かれる。
「うんちしてるよ」
「うんこしたかったんだな」
その上をひなたの乗ったソリが通り過ぎ、糞が道に埋め込まれる。その様子が滑稽だったのか老夫はますます笑い声を上げ、つられてひなたも笑い出す。いつしかソリはシラカバでできたマーブルの林を抜け、太陽をキラキラと反射するだだっ広い雪原を通り越し、二人の自宅にまでやってきた。
のそりのそり納屋から戻ってきた老夫はかんじきを脱ぎながらフードで雪をほろっていた。
「今日はあったけえ」
ひなたはその言葉を聞くなり温度計に目を移した。日が最も高い時間だというのに氷点下は優に下回っている。それでも確かに氷点下二桁の世界よりは幾分ましなのは事実だ。
「じいちゃん、しばれんかった?」とひなた。
「ああ、こんなでしばれんべさ」
老夫は分厚い鎧のような防寒具を一枚一枚剥がしていく。最後には股引と擦れたランニングシャツ一丁になり、茶の間へと上がった。石油ストーブの前に陣取り、体に熱を入れている。その背中を見て育ってきたひなただったが、そのたびに一つの疑問が浮かぶのだった。
「じいちゃんの背中の傷、まーた赤いよ」
「冷えると赤くなるんだ」
「なんでだべ」
「なんでだべな」
老夫の隣にひなたも座る。暖かい……大きな体。外は吹雪くかも……でもここは暖かい……。
木下ひなたは今やアイドルだ。東京湾の埠頭に据えられたこのシアターでスポットライトを浴びながら歌を歌い、踊りを踊る。
「あれ……寝てた……?ずいぶん……」
「それにしても、さっきのじいちゃん、プロデューサーに……」